朝食講演会 LEONARD講演 - 2007年4月26日
2007年4月26日(木曜日)、パリ商工会議所本部での仏日経済交流委員会朝食講演会において、
ダニエル・トリブイヤール氏(Monsieur Daniel Tribouillard、LEONARD最高経営責任者ダニエル・トリブイヤール氏), が、次のテーマで講演を行いました。
「日本の着物のインスピレーションの源泉となったフランスのモードとクリエーション」..
1958年創業のファッション・ブランドLéonardは花柄のモチーフで有名です。Léonardのイノベーション精神には、テキスタイルの精妙なプリント技法を数々編み出したチーフデザイナー、ダニエル・トリブイヤール氏が大いに貢献しています。1969年に初進出を果たした後、Léonardは現在日本全国に106店の専門店を構えるまでになっています。ダニエル・トリブイヤール氏は初の西洋人人気着物デザイナーとして名声を博すことでしょう。
さて、日本の伝統文化や現代感覚に取り入れられたフランス風クリエーション、そしてフランス・モードをインスピレーションの源泉とした着物について語るにあたって、この数少ない外国人着物デザイナーの1人ダニエル・トリブイヤール氏は、まず彼自身の日本への愛情を、そしてLéonardと日本の結びつきについて触れました。
以下、トリブイヤール氏の講演内容です「Léonardはコルベール委員会の加盟企業中、日本における服飾販売額トップを誇ります。本日は弊社が日本人の魂や心にいかにアプローチしたのかについてお話させていただきます。冒険の始まりは1969年でした。私は若い頃柔道を学んでいたのですが、当時思い描いていた日本のイメージを追いながら、日本での仕事をスターとしました。柔道を通じて私は多くのことを学び、そのおかげで自分自身を向上させ、また特に日本人特有の考え方を理解することができました。ですから、ぜひとも私にとっての人生の学校とも言うべき日本を実際に見てみたという願望がありました。勝利自体よりも美しく戦うことに気高さを感じる文化。初来日はまさにカルチャーショックでした。
私は一フランス人がこの2400年の伝統を持つ着物のデザインを許されたことにある種の誇りを感じています。私の描いた蘭のモチーフは日本女性に気に入っていただけました。蘭という花は特に決まった形がなく、比較的自由なデザインが可能です。ショールや140cm×140cmの大型スカーフでは、蘭の周りにLéonard風のデザインを施しました。Léonardの服飾製品はバランスを崩すよう注意を払いながら、必ず手作業で縁どりや裁断を行います。ぼかしながら花柄を染色する手法はLéonard独自のものです。日本女性に親しまれている蘭に用いたこの手法は彼女達の吟線に触れたようです。なお、すでにヨーロッパで先行販売している、1958年の創業以来の弊社のイメージを象徴する「ラン(Orchidée)」と言う名の香水を、この8月より日本でも販売いたします。
さて、現在Léonardは全世界に子会社がありますが、リヨンで私が学んだ高級ハンド・フレームプリントと言う技術をこれら子会社にも採用するようにしています。この製法は工業製法でありながら職人的技術を必要とします。非常に厳密な生産システムを取り入れたおかげで、フランスの工業技術ではできない部分を日本の職人的技術で補うことができました。生産性向上のための新システム・プロジェクトなどを取り入れつつ、こうした協力によって発展が可能となりました。
色の調整には創造の喜びを感じます。私はお気に入りの「Léonard」風フューシアピンクを生涯使い続けました。ディオールに始まり、ランバン、エルメス、ジヴァンシーに取り入れられたプリント工程の発明により、「フルファッション」のプリント・プルオーバーを世に送りました。Léonardでは夜間もプルオーバーを工業生産しています。私は毎年毎年、可能な限りあらゆる下地に花柄をあしらいました。非常に軽いシルクジャージー(重さわずか125グラム)、スキーウェア、スカーフ、ネクタイ、メンズシャツだけでなく、香水瓶や、陶磁器にも両面にこの柄をプリントしました。
幅30センチの絹帯を腰に巻く、世界で最も豪華な衣装である着物について京都の作り手から学んだことは、私のデザインの進歩につながりました。そのきっかけとなったのは、20年ほど前に着物が衰退気味であることを知り、フランスのクチュールがこの日本文化に関心を抱いていることを伝えたいと考えたことでした。職人的要素は我々にとっての生命線です。着物の心、それは私のフランスでのプリント・デザインに影響を与え、また私個人の文化を豊かにしてくれました。私は、着物の技術を応用して、冬は暖かく、夏は涼しく、しなやかというシルクの特長を活かしたシルクジャージーを作り、これを着物に仕立てあげました。
日本における成功の理由について長い説明は不要でしょう。文化との出会いのおかげ、の一言につきます。すなわち、日本の芸術に対する情熱、日本国民への愛、料理の趣味などのおかげでしょう。柔道に打ち込んでいた青春時代、現地に触れる以前に私はすでにアジアに対する強い関心を持っていたのです。